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090505 大切なのは選択ではない!  

連休で毎日、昼寝をしている。
今の生活が幸福でなくてなんなのだろう。

幸福の定義は人それぞれだけれど、現状に満足できるということは、大切なことだと思う。

レンタルで借りてきた映画を2本見たけれど、どちらも「トホホ…」と言う内容なので、書くほどのことはなかった。

B級映画の本質は、自分の意思をためされることにある。
ゴミのような映画から、何を得るのか、そういうことを試されているのだ。
映画だけではなく、人生への向かい方も。

大切なのは、何を選択したかではなく、ものごとを前向きに受け止め、楽しめるかどうかということだと思う。

大黒摩季さんの歌を久々に聴きました。



この歳になって聴くと、けっこう歌詞がすごいんだ!


category: 日記的メモ

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janre: 日記

tag: 選択  人生  哲学  考え 
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[読書メモ] 凡人として生きるということ 押井 守  


凡人として生きるということ
押井 守
幻冬舎 ( 2008-07 )
ISBN: 9784344980891
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

スカイクロラを観て全然面白くなくても、意味がよく分からなくても、気にする必要はまったくない。
分からないものを、わからないと言えるということは健全だ。
正直、この人の作品は、自己満足のような要素が強くて、大衆向きではない。
私も良いんだか悪いんだかよく分からない。
文章の方がまだ、分かりやすい。




しかし今や、当初の意図はすっかり忘れ去られ、誰もコントロールしないうちにデマだけが自立して、あたかも宇宙の真理でもあるかのように信じられるようになってしまった。独裁者のいない独裁国家のようなもので、デマゴーグなきデマゴギーは始末が悪い。(P14)

意図がなく形として続いてしまっていることは多い。

自分の個性やセンスを証明する手段として、大量生産品の靴や服を得意気に身にまとっている。だが、本来それは、個性やセンスとはまったく次元の異なるものであり、若者は自分が単なる消費者に堕していることさえ気づいていない。(P17)

若者をだましてお金を巻き上げるのが大人だ!

むしろ日常の失敗で言えば、若者の失敗より、オヤジの失敗の方がはるかに許されるはずだ。(P30)

新人の失敗が許されると思ったら大間違いだよ。
実際、新人の方が怒る人がたくさんいる分、たくさん怒られるんだから。
トップが失敗したって誰も責められない。

あなたは何も捨てていないようで、実は大きなものを捨てている。少なくとも、何も選択しないうちは、何も始まらない。(P62)

哲学とは、人生の生き方だ!
たとえ選択において何も選ばなかったとしても、それは「何も選ばない」ということを選択したことになる。

それでも僕は勝負に出る。なぜか。実は、勝負を諦めた時こそが、勝負に負ける時だと知っているからだ。(P72)

安西先生理論だ!
スラムダンク知ってんのかな。

「友人は手段」という言い方は、「友情は美しい」というより、ずっと冷たく聞こえるかもしれない。でも、そう割り切ってしまえば、別に友達がいようがいまいが、そんなことは気にならなくなる。(P131)

友達ってなんなんだろう?
損得勘定抜きの関係性なんてものは存在しないと思う。

経済的側面から言えば、恋愛も擬似恋愛もたいした違いはない。金を流通させさえすれば、社会はそれで成り立つ部分があるからだ。(P144)

まさに本田氏の「恋愛資本主義」ではないか。




まあ、結局はおっさんの独り言か。
文章なら読む気も起こるけど、コレを飲み会とかで延々と聞かされたらたまらないね。
考え方としては、ユニークで面白いと思います。


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[書評] 反哲学入門   木田 元  

反哲学入門反哲学入門
(2007/12)
木田 元

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正直、難しい…。
たぶん、木田さんの書いたことの30%も理解できていない気がする。

政治と哲学と宗教とが密接に絡み合っていることは、分かった。

西欧の視点と日本の視点とでは、物事の見方違うようだ。

西欧の見方とは、いわゆるプラトン・アリストテレス的な見方。
超自然的原理(これは、イデアでも純粋形相でも神でもなんでもいいけれど)を通して物を見る。
キリスト教・イスラム教は、プラトン主義を下敷きにしているから、キリスト教圏・ユダヤ教圏ともにほとんど考え方は同じ。
基本は形相(イデア)と質料(ヒュレー)という考え方がある。

アリストテレスはコレを発展させたわけだけれど、結局、プラトンとたいして変わらない。

さらにしばらく経って、「イデアなんてないんじゃね」と言い出したのが、カントとニーチェ。
でも、カントとニーチェにはプラトン主義を完全に壊すことが出来なかった。

これを完全に壊したのがハイデガーってことになるようです。
じつは、ハイデガーってひとは詳しく知りません。

なんかね、読んでて思ったのが、人間の思考を邪魔しているのは宗教なんじゃないかってこと。

宗教じたいに、脳みそを麻痺させてしまうようなものが、本質的に内包されているんじゃないかな。
哲学で名を残した人たちは、相当頭いいはずなのに、その思考の壁として立ちはだかるのが宗教のような気がした。

そもそも、哲学が難しいのは、一神教的な教義のない多くの日本人には、考えもつかないようなめんどくさい理屈を一神教の教義に反しないように、せっせと積み上げていたからだと思う。
つまり、みんなでプラトン主義のほころびを隠そうとしていただけ。
コレがぶっ壊れると、コレを下敷きにしているキリスト教・イスラム教が壊れるんじゃないかと恐れていたから。
でも、ハイデガーが壊したけれど、結局、宗教は生き残った。

それは、宗教がもはや壊れることがないほど根付いてしまったから。
教義がプラトン主義からはなれ、独り歩きを始めたから。

多神教の教義もどこかの哲学からきているのだろうか?
神道の教義は、もっと生活に密着している気がする。
生活の知恵的な何かからね。


関連
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[書評] 無責任のすすめ   ひろ さちや


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