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190112 思いつかないアイデアや気付きを与えてくれるのは他者がいるから  

娘がサンリオピューロランドへ行きたいと言う。
サンリオの株を売ってしまったことが悔やまれる。
サンリオピューロランドは男の私にとっては未知の世界だ。

誰かと一緒に暮らすということは、こういうことである。
私が思いもつかないような未知のことを提供してくれる。
きっと、娘が生まれなかったら、私は一生、サンリオピューロランドとは縁のない生活を送っていただろう。

女の子の多くは、サンリオのキャラにハマるものなのだろう。
職場の女性も、「ぼんぼんりぼんちゃん、かわいい!」と言っていた。

未知なこと・未経験なことをたくさん経験・体験できるチャンスが得られることは、他者と暮らすことの利点の一つだ。
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190101 あけましておめでとうございます。 お皿を買いにやまに大塚本店へ 微妙な違いを自然と錯覚する  

あけましておめでとうございます。
一年の計は元旦にありというけれど、特に決意もなにもない。

奥様がお皿を見に行きたいというので、やまに大塚本店へ。
奥様の実家は益子焼で有名な益子の近く。
好きな作家さんのお皿があるということ買いに行きました。
うちには結構、益子焼があります。

サイズ感の微妙に違う焼き物って、食洗機で洗うのに並べづらくて面倒ですが、見ているぶんには工業製品よりも温かみを感じる。
一つ一つの微妙なサイズの違いや模様の違いにそういう作用がある。
自然のランダムさを表現しているから、人工物に囲まれたなかで、温かみを感じる。
皿も人工物だから、自然を感じるのは錯覚でしかないんだけれど。

益子は田舎ですが、焼き物の作家さんが多いだけあって、お洒落なカフェが意外に多い。
ゴールデンウィークの陶器市のときにはスゴい混雑するので、年末年始は狙い目かもしれない。

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181014 読書メモ 『毒になるテクノロジー』 ラリー・D・ローゼン 高いレベルでは科学も宗教も同じことになる  




テクノロジーの使いすぎが悪い影響を与えるという話。
このタイトルでそれ以外の結末だったら、ミステリーになる。

テクノロジーで活性化された脳を鎮める方法がある。
・質の良い人間関係
・外国語を学ぶ
・楽器を習う
・ヨガをする
・オメガ3脂肪酸を摂取する
・クロスワードパズルや数字パズルなどをする

テクノロジーを完全否定して生活していくのは世捨て人出ない限りは不可能なわけで、なんでも程々というのは、昔から徳の高い人達も散々言っていること。

高いレベルでは科学も宗教も同じレベルに到達してしまうのだろう。
科学が宗教的になり、宗教が科学的になる。

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180930 他人を応援することに時間とお金を使うべきか否か 結局は楽しんだもの勝ち?  

ディズニーランドは楽しい。
そこには競争がなく、みんなが夢を見ているからだろう。
「Happinessはここにあるよ!」とミッキーマウスも実際に言っている。
もちろんオリエンタルランドにとってのHappinessであって、客にとってのHappinessではない。
所詮、商売とはそういうもの。

なるべく安い賃金で労働者を雇い、商品の価値よりも高いお金と交換する。
ディズニーランドでは、ありとあらゆるものがこの夢の国から一歩出たところよりも、高い値段で売られている。

芸能人を追いかけているファン、スポーツを応援しているファンも同じで、他人を応援することにお金をつぎ込んでいる。
『応援』は大抵の場合、お金という形で行われる。
他人を応援しても、結局は何も残らないことが多い。
自分自身は何も成長しない。

利他的な行動ができるというのがホモサピエンスの進化の証であり、繁栄した理由であるのかもしれないが、私としては利己をベースとした利他である方が理解しやすい。
利他のみというのは考えにくい。利他のみの行動など本当にあるのだろうか?
マザー・テレサやマハトマ・ガンジーの行いは本当に利他的だったのか、利他的であり同時に利己的なことだったのかもしれない。
ボランティアにはハマる人というのは、自己にも快感があるからハマるのだろう。
利他と利己を分けることは難しく、0か100かという話ではない。
他人も満たされ、自分も満たされるのであれば、それは最高ではないか。

成長のないお金や時間の使い方というのは、意味がないとは言わないが、有効的な手段ではないと思っている。
一時的なストレスの発散としての散財という自覚があるのならまだいい。
自覚のないお金と時間の消費は、人生と健康を害する可能性がある。

ゲームというのが世間から嫌われるのはそこだろう。
時間とお金を費やしてはいるが、成長という観点でみるとゲームがうまくなった以上の恩恵はあまりない。
ドラクエやスーパーマリオがいくら上手くなったところで、実社会的に役に立つことはあまりないだろう。
ネトゲの上位者が人生の下位者であるというのは、よく聞く話だ。

しかし、そうやって人生において無駄ということを排除していく、効率を重視していくと、人生に味気なさしかないのではないかという危機感もよぎる。
人生の時間は有限だが、なくなってしまえば骨になるだけで、何も残らない。
何も残らない人生で効率を重視して生きてなんになるのか、楽しみのない人生に意味があるのか。
私の思考はフラフラとさまよう。

そして結論は、人生は中庸で、このままでいいのではないかというところに落ち着く。

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171020 親の言うことをきかないのも成長の証。  

寒くて冷たい雨が続いています。

子供たちは反対に雨だと、傘を持ちたい、長靴履きたい、水たまり入りたいとやりたいことがたくさんで、保育園につくまで一苦労。

家に帰った来て、私の帰ってくる時間が遅いので、あとは歯磨きくらいなのですが、なかなか歯磨きをさせてくれません。
「ヤダ」、「コレやったら」の連続です。

親の言うことをきかないというのも、子供の成長の証と思って頑張りましょう!

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