時をかける少女
![]() | 時をかける少女 通常版 筒井康隆、 他 (2007/04/20) 角川エンタテインメント この商品の詳細を見る |
高校2年生の紺野真琴(声・仲里依紗)はある夏の土曜日の実験室で不思議な体験をし、それ以来時間を跳躍するタイムリープの力を身につけてしまう。はじめはそれを巧みに利用して日々を楽しんでいた彼女だが、仲良しの同級生・千昭(声・石田卓也)から告白され、それを強引になかったことにしようと時を遡ったときから、運命の歯車が狂い始めていく…。
本当にレベルが高い。タイム・リープに制限があるからこそ、『今』の意味が浮かび上がってくるようだ。
もし自分にもタイム・リープできたら…、なんてことも考えるけれど、この映画を観終わると、なぜか『今』を一生懸命生きようと思ってしまう。
きっと、自分の高校時代を思い出すからかもしれない。あのころの自分が今のわたしを見たらどんな風に思うんだろう?
ちなみにわたしは、原 沙知絵さんが大好きだから、映画のキャラクタでは、「魔女おばさん」が好きである(笑)。
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戦争の意味
わたしの解釈では、「戦争はそれによって多数の悪人を滅ぼすが、それによってさらに多数の悪人を作り出す」から否定されるべきものであると思っている。
非常に『優等生』的な答えではあると思うけれど、現在の道徳に準じた考え方だとも思う。
しかしながら、戦争自体は否定されても、「戦う意志」は否定されることが少ない。これは武士道、騎士道ともにそうである様に、「戦う意志」はポジティブな感情としてとらえられている。現在でも同様だろう。
「戦う意志」とは時として「勇気」と解釈され、勇気のあるものは称えられる。アフリカの原住民族に「勇気」を証明する儀式が数多くあるように、これは昔から、ひょっとしたら、自然状態から社会生活への変化の段階からあったものかもしれない。
では、「戦う意志」とはなんのためにあるのだろうか? 自分の遺伝子を残すためだろうか? それももちろんあるだろう。しかしながら、ヒトという種を残すことを考えると、あまり同種同士の争いに意味を見出せない。
そこで考えられる理由として、「広く世界に分布するため」ということが考えられる。ヒトという種にとって住みよい環境とは同一だろう(わたしとしては地中海性気候が良いと思う)。誰が好き好んで、砂漠に住むだろうか?、誰が好き好んでアラスカに住むだろうか? 本来、ヒトの住むべき環境でない地域にヒトを分布させるために、「戦う意志」というものが必要になったのではないかと思う。
ここから考えを発展させていくと、ほぼ地球全体に分布した人類にとって「戦う意志」はもはや意味を成さないのではないか、と考えてしまった人は早計である。まだ人類は地球に分布しただけであり、地球のそとには宇宙があり、その宇宙は広がり続けているのです。
だから、「戦う意志」は否定されることはなく、戦争は否定されながらも続くのではないかと思う。
まあ、全部、カントの受け売りなんだけどね。
アリセプトについて
アルツハイマーの治療薬としては、現在日本ではこの薬しかないというのが現状です。
そして、アルツハイマーには根本的な治療法がなく、やがて重症化していきます。
ドネペジルの作用機序としては、脳内の情報伝達物質であるアセチルコリン(ACh)という物質の分解をするコリンエステラーゼという酵素の働きを抑えることによって、脳内の情報伝達をスムーズにするというものです。
1日1回、3mg錠から開始し、1〜2週間後に5mg錠へと増やしていきます。アセチルコリンを増やすので、副交感神経が活発化し、吐き気、むかつきなどが現れることがあります。
守護神
![]() | 守護神 ケビン・コスナー (2007/06/20) ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント この商品の詳細を見る |
アメリカ沿岸救助隊に所属するレスキュー・スイマー、ベン・ランドール。数々の命を救った伝説的なスイマーだった彼だが、ある任務で相棒を目の前で失い、心に深い傷を負ってしまう。妻にも別れを告げられ、失意に沈むベン。そんな重い気持ちの彼は一時現場を離れ、レスキュー隊員を養成する学校・Aスクールに教官として赴任する事になった。そしてそこで元高校水泳チャンプの訓練生、ジェイク・フィッシャーと出会い…。
「海猿」の海外版といった感じでしょうか、わたしの感じだと「海猿」+「愛と青春の旅立ち」。こう書くと最後もある程度、想像がついてしまう方も多いと思いますが…。
『期間限定の恋』は映画の訓練ものにはよくあるパターンで、映画の黄金パターンでもあります。
レスキュー隊の映画ということで、みんなムキムキなマッチョなわけです。こういう環境は、弱い男には違う『危険』も多いだろうなあ、とあらぬ方向を想像してしまいます…。たぶん、腐女子ウケもいいのではないかと思います。
ケビン・コスナー演じる『伝説の男』ですが、伝説とは裏腹に色々と問題を抱えています。妻に愛想をつかされ、友人には死なれ、本当にカントリー・ソングの世界です。
しかし、彼がなぜ『伝説の男』なのかは最後に解ります。伝説の達成とはこういうことなのかもしれません。
こういう映画を観ると、筋トレをしてしまうのはなぜなのだろう?
怒られちまったよ
女性の上司に、
「まったくもう!、この子は…(怒)」
って言われてしまいました。
おかしいよね…、歳2つしか違わないのにさ…。
完全な子ども扱いだよ…。
わたしが強く薦める5つのフリーソフト
タブブラウザ・ソフト、一度タブブラウザを知ったらもうIEには戻れない。
Object Dock
マックみたいなランチャ(?)・ソフト。
Mozilla Thunderbird
複数のメールアドレスを管理できます。
media player classic
今のメディアプレイヤーよりも軽いので頻繁に使います。
jane style
2ちゃんねるの専用ブラウザ
真相
![]() | 真相 横山 秀夫 (2006/10) 双葉社 この商品の詳細を見る |
「ふざけやがって! いいのかよ、そういうの? だったら俺もやるぜ。なんか柏木の弱みはないか」
横山秀夫の短篇には、ちょうどトランプのしんけいすいじゃくのようなドキドキ感がある。
いままでよく解らなかったものが、ひっくりかえって『真相』がわかる。良く見えていたものが、そうではなかったこと、悪く思っていたことが、本当はそうではないこと。
そして最終的には絵柄が合って、終わる。
シンプルだけれど、理路整然としていて納得がいく。ミステリィとしては上質なものである。逆に蒸留されて、濃縮されているような気もする。
短篇だからといって、横山秀夫の味がなくなってしまうということはない。
休日の意味
なにか身になることをしたいと思うけれど、身体を休ませたいということも事実で、テレビを見ながら「長澤まさみ、かわいいな」なんてことを思っていたりする。
わたしの仕事は土曜が休みなわけではないから、二連休なんてことはあんまりなくてね。なんだか、人生を浪費しているような気もする。
さっき、プロポーズ大作戦の再放送を見ていたら、『明日やろうは、バカ野郎だ』って言ってたよ。
わたしは、「明日やれることは、明日やる」という人だからさ。なんかあんまりピンとこない。薬も覚えなくちゃいけないんだけど、今日は休日だからさ。まあ、明日でいいよね。
新薬 ゼチーアについて
バイエル薬品のゼチーアというものです。うちの薬局も成人病の患者さんが多いので、何個か仕入れたみたいです。
今まであった高脂血症の治療薬の系列で言えば、スタチン系、フィブラート系、なんてのがあったのですが、どれも身体の中でコレステロールを合成することを抑える薬です。
今回発売されるゼチーアは、コレステロールの吸収を抑える薬で、なんでも「小腸コレステロールトランスポーター」を阻害する薬らしいです。
バイエルのMRさんによると、身体の中でコレステロールの合成を抑えても、吸収が促進してしまうそうです(身体がバランスをとろうとする)。それを抑えるのがゼチーア、ということらしいです。
ゼチーアは腸肝循環をする薬で投与も1日1回,10mgということで錠剤もとても小さくて飲みやすそうです。MRさんによれば、過量に飲んでも効果が変わらないし、副作用もでにくいらしいです。安全性の高い薬と言えそうです。
まあ、MRさんは薬の良い所しか言わないからね、なんともいえないけれど…。MRさんの話だけを聞いていると、ほんと夢の薬みたいに感じてしまいますね。
段取り力
![]() | 段取り力―「うまくいく人」はここがちがう 斎藤 孝 (2006/11) 筑摩書房 この商品の詳細を見る |
意見を言っている暇があればアイディアを出せ
著者の意見では、人の能力などそんなに大差があるわけではなく、『段取り力』に差があるらしい。
『段取り力』とは、スケジューリングのことでもあるし、身体の動き方・動かせ方のことでもある。
わたしは、時間的スケジューリングは不得意である。来週の仕事の予定もわからないくらい不得手である。夜、寝る前に明日の予定を見るくらいだから、ほんとにダメなのだろう。
しかしながら、長期的な人生のプランニングは、そこそこうまくいっているのではないかと思う。
本の中にも書いてあるが、人にはそれぞれ得意な「段取り」があるらしい。長期的な段取りが得意な人、中期的な段取りが得意な人、短期的な段取りが得意な人、様々である。
また、仕事によっても必要な段取りというのは変わる。総理大臣に必要な段取り力とわたしとでは時間的スパンが違う。
わたしは大雑把なほうだから、細かい計画を立てるのが苦手である。デートの計画などというものは皆無に等しい。
だいたい、普段を一生懸命に生活している者にとっては、デートのプランなど…。
とにかくさ、女性はもっと大きな視点で男性をみるべきではないだろうか?
なんだか、愚痴っぽくなってしまったな…。
差がつく読書
![]() | 差がつく読書 樋口 裕一 (2007/06) 角川書店 この商品の詳細を見る |
読書というのは、覗きの快楽にほかならない。だからわくわくするほど楽しい。どきどきするほど、後ろめたい。
著者はまず読書を「実読」と「楽読」とに分ける。
「実読」とは何かに役立てようとする読書。「楽読」とは純粋な楽しみとしての読書。この両方が人生には必要であると説く。
「実読」だけでは、ノウハウばかり追い考えが浅くなってしまう、「楽読」ばかりでは、現実離れしてしまう、というものだ。
まあ、「色々な本を読め」ということである。
また途中で新書の斜め読みを著者自ら勧めるものだから、普段以上に斜め読みしてしまった。
著者は、ミステリィの2度読みも好きらしい。わたしはミステリィを2度読んだことはなかったが、作家のトリックを隠すテクニックが解って、面白いかもしれない。
しかしながら、読書なんてものは単なる娯楽だから、差がつこうがつくまいが、あんまり関係ないのではないかとも思う。真剣に楽しめればそれでいいのであって、『正しい読書』なんてものが、そもそもあるはずもないのではないだろうか?
オシムジャパンよ!日本サッカーへの提言
![]() | オシムジャパンよ! 日本サッカーへの提言 フィリップ・トルシエ (2007/05/10) Asc II この商品の詳細を見る |
監督は結果に対して60%の責任があるというのが私の持論だ。
フィリップ・トルシエの本ということで、ガチガチの戦術論を期待していたのですが、わりと精神論的な話が多くて少しがっかりしました…。
今のところ日本代表にとって一番いい成績を残しているのがトルシエであることはまぎれもない事実で、彼の用いた、「フラット・スリー」という戦術は、とても革新的?(前衛的?)と言えるものだったということをあまり理解されていないことが残念でなりません。
フィリップ・トルシエは組織を重視する監督です。今もそのスタイルは変わりないと思います。監督とは、良くも悪くも自分のスタイルを変えないものなのです。
組織を重視する監督には、選手時代に大成しなかった方が多いです。トルシエ、現リバプール監督のベニテス、現チェルシー監督のモウリーニョ、極端な例で言えば、選手ですらなかったサッキなどなど。
彼らは、選手の個人的な力を信じてはいません。ACミランのアンチェロッティや、クライフ、ジーコのように個人のスキルに試合を任せるなどということは、ありえません。
そこには、自分自身の能力を信じ切れなかった過去の経験が影響しているのかもしれません。
彼ら「選手として大成しなかった」監督たちは、戦術・組織に偏り、スター選手を嫌います。
サッカー先進国に個人的能力で劣る日本は、こういう監督たちが適しているのではないかと思います。
ちなみに、現代表監督のオシムは、選手として大成したけれど戦術・組織に偏っているユニークな監督です。日本には適しているかもしれませんね。
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フィリップ・トルシエ 中村俊輔を外した理由 監督哲学
サッカー監督という仕事
![]() | サッカー監督という仕事 湯浅 健二 (2000/04) 新潮社 この商品の詳細を見る |
彼がJリーグでプレーしていた頃、注目されたのは、ボールをもったときの魅惑的なプレーだけ。ボールがないところでのプレーが話題にのぼることはなかった。左サイドでボールがプレーされているのに、五〇メートルも離れた右サイドから、全力で相手ゴール前の「決定的スペース」へ走り込む、そんな「美しいフリーランニング」に、誰も注目しなかった。
『彼』とは当時、鹿島アントラーズでプレーしていたレオナルドです。レオナルドのプレーは確かに華麗で、美しい。そんな彼でも、何度も何度も「無駄走り」を繰り返していた、という美談です。
わたしは、生まれ変わったらサッカーの監督になろうと思うくらいサッカーが好きです(サッカー選手というのは少しおこがましい気がします)。だから、戦術論も大好きです。
サッカーは走らなければ始まらないスポーツで、スペースへ走り込むことによって試合に動きがでてきます。足元だけのパスだったらいっこうにボールが前に進みませんよね。最近、オシムの影響で「走る」ということが注目されているのでうれしいかぎりです。
ただ、「走る」ということにももちろん質ということがあって、最近おこなわれた日本代表の試合を観ても、レベルとしては低いです。特に守備におけるプレスのときの「走り」はまったくといっていいほど連動していませんでした。『寄せ集めの代表』という感じでした。
守備における連携的な走りは、やはりクラブの方が美しいです。どんな強豪国でもそれは変わりありません。先日のチャンピオンズリーグ準決勝でのACミランの守備は、本当に美しく、守備であるにもかかわらす見惚れてしまいました。
ああいった守備はいくら伝統のあるイタリア代表ですら無理でしょう。やはり、代表は『寄せ集め』なのです。
代表の持ち味は、キラ星のごとく集まったタレントの個人的スキルにあると思います。日本代表で言えば、中村(憲)のまるで俯瞰図で見ているかのような適格なパス、遠藤の生み出す独特なテンポ、高原の動き出し、駒野の綺麗なクロス、中沢のパワフルなディフェンス…、などでしょう。
しかしながら、これら『個人技』を十分に発揮するためには、その周りが走らなくてはなりません。パサーがいたらレシーバーが必要なのです。パサーだけではパスを送れないのです。
だから、走り続けることが重要なのです(努力し続けることが大切なのです)。サッカーのプレーからこんな単純で美しいメッセージがガンガン伝わってくるようになったら、日本のサッカーも『本物』という気もします。
政治家の傲慢さ
まあ結果てきには、カズさんがオファーを断ったんだけど…。
わたしはこのニュースを知って本当に腹が立った。
まだ現役の選手にオファーをだすっていうのはいくらなんでも、失礼すぎるのではないだろうか?
しかも、サッカーのことしか頭にない(いい意味でね)カズさんに対して、客寄せパンダでもしろということだろうか?
何様だよ。カズさんは、大仁田厚や、田島陽子や、大橋巨泉や…、とは格が違うんだよ。
政治家たちのこの「立候補させてやるよ」的な立場がムカつくよ。
政治家よりも、安倍晋三よりも、キング・カズのほうが影響力があるということを理解できていないらしい。
やっぱり、政治家は、民間意識と意識が乖離しているということをそろそろ理解したほうがいい。
カズさん関連
いまだからこそ知っておきたい、キング・カズのいい話。
テーマ:政治・地方自治・選挙 - ジャンル:政治・経済
半そでのYシャツ
わたしは、半そでのYシャツが嫌いです。
あの不恰好さといったらそりゃあもう…、と絶句するくらい嫌いです。
カジュアルな洋服の半そでのシャツなら何の問題もないのだけれど、ビジネスでの半そでYシャツは、嫌悪感すら抱きます。
だいたい、半そでYシャツの人は、ジャケットはどうしているのか謎である。まさか、半そでのYシャツの上から着たりはしないだろう。
この不恰好な半そでYシャツっていうのは、日本だけのオリジナルではないだろうか? 海外の映画で半そでYシャツで仕事しているサラリーマンを見たためしがない。ニューヨーカーが半そでYシャツで仕事してたら、ちょっとダサいよね。
でも、そんなシーンを映画で観たら考えを改めるかもしれない…。
半そでYシャツ業者の方(?)には悪いんだが、正直、半そでYシャツは今のところダサいよりのポジショニングである。だから着ない。
おもしろいタイピングソフト「食人王」
まあ、探していた理由は、仕事でパソコンを打つことがあるからなんだけど…、企業戦士モードな今日この頃です…。
その名も食人王。
タッチタイプ(昔はブラインド・タッチって言ったけどね)は、ゲームで楽しくおぼえるのが一番でしょ。
たかが、キーボードの打ち方なんだから難しいことはない。やりゃあいいんだよ。
興味のあるかたはどうぞ。
ちなみに、わたしは最後の一つ前からクリアできません…(´Д⊂グスン
ゆれる
オダギリジョーが演じる弟の猛は、故郷を離れ、東京でカメラマンとして成功。一方、香川照之の兄・稔は実家のガソリンスタンドを継いでいる。母の一周忌に帰った猛だが、稔、幼なじみの智恵子と出かけた渓谷で、智恵子が吊り橋から転落死してしまう。殺人容疑をかけられた兄と、彼の無実を信じる弟の関係が、ときにスリリングに、ときに不可解に、さらに衝撃と感動を行き来し、タイトルが示すように“ゆれながら”展開する骨太なドラマだ。
![]() | ゆれる オダギリジョー (2007/02/23) バンダイビジュアル この商品の詳細を見る |
東京で成功した弟と田舎で家業を継いだ兄、そんな兄弟の関係が見事にキャストに表れている。弟はオダギリジョーで、兄は香川照之。
渓谷で橋から幼馴染の女性が『落ちる』シーンがあるんだけど、もうね…、兄のキモさといったら…、すごいよ。
真木よう子は、本気で「触らないでよ!」って言ったんじゃないかと思うくらいのキモさ。
まあ、結局、真木よう子さん演じる幼馴染は橋から落っこちて、死んじゃうわけだけど…。
やっぱり、香川照之さんはすごい。
兄弟ってゆうのは、正直な話、微妙にライバル関係だよね。昔は、どっちがモテるかとか、勉強ができるかとかだけど、弟の彼女の方がかわいいな、と思ったりね(笑)
社会人になると、どっちが社会的に成功しているか、ということになる。社会的に成功しているの尺度は、一般人の場合どちらがより高給取りかということになると思う。
映画の中では、完全に弟>兄だと思うんだけど、兄はさ負けたくないから、基本的に、自分より高給取りの弟にお金あげたりするわけ。ああいうなにげないシーンが、すごくよく解る(笑)。
「ゆれる」という題名は、つり橋だけじゃなく、そんな兄弟関係も表してるんじゃないかと思う。真木よう子さんの乳じゃなくね…。
「人たらし」のブラック交渉術
相手が才能のない人ならば、あなたの才をはずしなさい。相手が無芸ならば芸をはずし、無学ならば学をはずしなさい。それが交際のコツで、そうしないと人間関係はうまくいきません。
![]() | 「人たらし」のブラック交渉術―思わずYESと言ってしまう魔法の話術 内藤 誼人 (2007/05) 大和書房 この商品の詳細を見る |
これは、本の中で二宮尊徳の言葉として書かれているものです。
二宮尊徳と言うと誰のことやら?という気がしますが、薪を背負いながら本を読んでいるという、危なっかしい少年の銅像の人ですね(笑)。
二宮尊徳が何をやって銅像になったかは知りませんが、銅像になるくらいだから、きっとすごい人なのでしょう。たぶん、西郷さんや諭吉クラスに違いない。
すごい人が言うんだから間違いないんじゃないの、と言う感じですが、実際、多くの人がこういうことは実践しているものです。
いわゆる「出る杭は打たれる」の逆をいけばいいわけです。言ってみれば、「引っ込んだ杭は出される」、…かな?
ヒトは、自分よりも優秀なヤツを見ると、嫉妬心がメラメラと燃え上がってきて、意地悪したり、嫌がらせしたりするものです(無意識も含めて)。
少し売れてきた芸人が、お金の話になると「イヤイヤイヤ」と話をはぐらかすのも、そのことを知っているからでしょう。
そこで、「人たらし」は、少しくらい我慢して、わざと「格下」になってあげるわけです。「格下」だと思われていたほうが何かと得なことも多いようです。
対立するよりは、わざと引いてしまったほうが楽なこともあります。
だから、うまく「格下」になるために積極的に自分の失敗をしゃべって笑い話にしてしまうというのも処世術としてはありなのではないかと思います。失敗を笑い話に変えてしまうことで、人間味もでるし、ズルズル失敗を引きずらなくていいし、いいことずくめではないでしょうかね?
















