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120508 映画メモ 『シャッターアイランド』 正常と異常を分けるものとは?  

 




シャッターアイランドという精神障害の犯罪者を収容した施設が舞台です。

物語としては、最終的な結末が読めてしまっていて、少々呆気無いという感じですね。

ミステリーの古い定番といってもいいくらいです。

レオナルド・ディカプリオはやっぱり演技が上手いように感じます。


精神障害の映画でたまに出てくるのが、ロボトミー手術です。

もっと古い映画では『カッコーの巣の上で』にも出てきましたよね。



いまじゃあ、人道的に最悪の手術となっていますが、発見した医師はノーベル賞ももらっているほど、画期的な手術だったんですけどね…。


精神障害とは、障害というレッテルを誰かが貼らないと障害にはなりません。

病気もそうです。誰かがそういう診断を下すのです。

現代において、その役割は医師の役割になっています。

医師が高血圧だと言えば、その患者は血圧が標準より高いだけの人から、高血圧患者というレッテルが貼られます。

血圧の概念なら判断するのは簡単です。基準が決まっていますから、基準から逸脱した人たちを、全部決まった病名をくっつければいいのですから。

しかし、精神科領域ではそうはいきません。脳内のセロトニンやアドレナリンの量を調べているわけではありません。基準値などというものはありません。


本来、この基準値にも個人差が認められるはずですが、それは無視されるか、医師の裁量になります。

もしかしたら、基準値の方が患者にはマッチしていなくて、少し血圧が高いぐらいの方が、その人の身体には合っているということも考えられますが、現代医療においては自覚症状がなければ、無視されて、基準値を適応されます。

身体の大きい人も、小さい人も、老人も若者も、みな基準値を元に診断されます。

コレはすごくいい加減ことだと私は思います。ひとりひとり違うはずの人間を、同じやり方で評価し、同じ基準を当てはめる。

社会としてはそのほうが楽だし効率もいいですが、その効率の犠牲になる人も必ず出てきます。身体に基準の方があっていないという人もいるはずです。

そして不具合が出たら、薬が効き過ぎたら・副作用が出たら、今度は『個人差』という言葉に逃げます。

おかしいですよね。一方では個人差は無視し、不具合が出たら個人差に逃げて片付けているのが今の医療の現実です。


この映画を見て、精神疾患なんて自分には関係ないと思うかもしれませんが、正常と異常のはっきりとした境界などないのです。

あなたの特異な点を少し強調したらもうすぐに異常というレッテルが貼られてしまうのです。

そしてそのレッテルが貼られたら最後、何を言っても、あなたを異常というゾーンへ跳ね返すだけの屁理屈などいくらでもあるのです。

社会性なんてものは、理想社会の影でしかありません。

現実にはないものです。

その影からはみ出ないように、慎ましく空気を読んで生活するのが、現代人なのです。

逸脱してしまった人たちが行き着く先は、社会にとって善ならば革命家や芸術家でしょう。

でももし、その逸脱が、社会にとって悪ならば、ただの異常者です。

自分の人生を自分らしく生きているつもりでも、正常の枠からはみ出ないように生活するという、いわば暗黙のルールが社会にはあり、それが法律には書かれてはいませんが、最も大切なルールです。

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