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121028 罰は理不尽でないと意味がない 映画メモ 『殺人に関する短いフィルム』  

 
モーゼのファラオの娘の宗教聖書の印刷物 C1835


有名な映画です。名作映画としてあげる人も多いですが、面白いとは思いません。

面白かったのは、死刑の準備をしているシーンと、死刑執行のシーンの二つぐらいでした。

その二つもただ単に、見たことがなかったからという理由で、この映画でなくともよかった。




作品内容

96年に54歳でこの世を去った、ヨーロッパが生んだ世界的名匠・キェシロフスキが遺した作品をDVD化。妹を亡くした哀しみを背負い衝動殺人を犯す青年と被害者、弁護士の運命をリアルな描写で描く。キェシロフスキの名を世に知らしめた衝撃作。

作品情報

監督・脚本 クシシュトフ・キェシロフスキ
脚本 クシシュトフ・ピエシェヴィッチ
撮影 スワヴォミール・イジャック
音楽 ズビグニエフ・プレイスネル
出演 ミロスワフ・バカ/クシシュトフ・グロビシュ/ヤン・テサシュ
レンタル開始日 2003.12.5
製作年 1987年
製作国 ポーランド
収録時間 85分





この映画の新鮮さを奪ったものは、現実が複雑になってしまったからだろう。

「事実は小説よりも奇なり」とは、誰の言葉かしらないが、まさにこの状況になっている。

死刑執行後の弁護士の涙もすらも、陳腐に感じてしまう。私の心が汚れすぎているのか? それとも、深読みをしすぎているのか?『真実の行方』を見た後だからだろうか?



いまの時代に、この映画で感動できる者は、純粋過ぎると思う。そんなんじゃ生きていけないよ

 この映画で注目すべきは問題は、彼の殺人の動機。

故郷で妹を交通事故で亡くしたことと、貧困が、動機としてあげられるけれど、こんなもの動機としてあってないようなもので、もちろん殺された方には全然関係がない。殺された方も決していい人間ではなかったけれど。


 これは秋葉原の通り魔と根本的には同じ。かまってちゃん病とも言える。

この映画が、あの時代に受け入れられたということは、『現代の病理』だと思われていたものは、この映画の時代でも、共通認識としてあったということだ。

そうでなければ、この映画はハズレてしまう。

あの事件の加害者を可哀想だなんて思ってはいけない。そういう状況でも犯罪を犯さない真面目な人間はたくさんいるのだ。

私としては、社会への適応能力のなさ、そういう教育をできていないということが問題だとは思うが、同情には値しない。


 そして、この映画を見ても尚、死刑は必要だと思う。

罰は理不尽でなければ意味がないと思っているし、本質的に人間は変えられないものだと思っている。

社会的な適応能力の問題だから、教育で改善はできると思うが、改善したところで、社会的に罪を犯した人間が必要だとは思わない。彼を罰するということぐらいしか、社会的に利益にならないだろう。

適応能力の教育の問題は、罪を犯す前の人間の問題だと思う。一度でも罪を犯してしまうと、罪を犯す事に対して閾値が下がってしまうということは想像できる。

 SFで、死刑をショーアップしたサイケデリックな未来社会を描いたものもあるが、そのぐらいのエンターテインメントという位置づけでもいいぐらいだ。仇討ち制度とかね。

極端な話、裁判を陪審員制にするくらいなら、そのくらいのご褒美があってもいい。


 そして、死刑についていつも問題になるのは、誰が執行するかというものだ。

実際に死刑にする人は、相当なストレスだと思う。だって、その人と全然関係がないんだから。

これは、私は法務大臣か、死刑判決を出した判事と請求した監察官が実際に行うべきだ。あるいは仇討ちをしたい人でもいい。

決定を下した人間には、最後のところまで責任をもってほしい。



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