愛しのローズマリー
![]() | 愛しのローズマリー〈特別編〉 グウィネス・パルトロウ、ジャック・ブラック 他 (2006/03/10) 20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント この商品の詳細を見る |
ハルはごくフツーの男性。セクシーな超美人が大好きで、連日連夜ナンパ攻勢をかけるがフラれっ放し! ある日、偶然出会ったセラピストの催眠術でハルの理想のナンパライフに大異変が! 街で超美人ローズマリーに声をかけるとナンパは大成功! 2人はラブラブに! 実は、女性を外見的な美しさでしか判断しないハルを変えようと、セラピストは女性の心の美しさを視覚化する催眠術をかけていたのだ! つまり、ローズマリーは絶世の美人ではなかった! 果たして2人の恋の行方は?
グウィネス・パルトロウがほんとにかわいくて見とれてしまう。実は巨漢のローズマリーも彼女が特殊メイクして演じています。
外見の美しさというものは内面の美しさと反比例の関係にあるのだろうか?
それとも、外見の醜さというものはが内面の美しさと反比例するのだろうか?
この映画にでてくる外見的に美しくない人々は、たいてい内面は美しい。
では、現実世界ではどうだろうか?
外見的に美しくない人は、映画同様、内面的に美しいだろうか?
残念ながら、わたしはそうは思わない。外見的な美しさと内面的な美しさには、ほとんど相関がないと思っている。
だから、外見的に美しくて内面的に美しい人もいるし、その逆もいると思う。
例えば、わたしは社会的弱者がいつも正しいとは思わないし、身体的にハンディキャップを負っている人の心が、いつも美しいとは思わない。なかには捻じ曲がっちゃってる人もいると思う。全員が天使のような人だと思うのは、逆に差別しているようなものだと思う。まるで、自分の子供のエロを否定する親のようで稚拙だよね。
たぶん、この映画でファレリー兄弟が言いたかったのは「内面の美しさをみろ!」的な安っぽい偽善ではないと思う。
彼らの伝えたかったことはおそらく、「外見的に醜いものは嫌いだということをまず認めろよ」ということと、「それでも、醜さなんて関係なく、好きなものは好きでしょ」という2つのことだと思う。
つまり、人を好きになるってそういうことなんだと思う。
マイナスが見えなくなってしまう(関係なくなってしまう)なんて、たぶん病気だよね。
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