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2009-07

[書評] 電波男 本田 透


電波男 (講談社文庫 ほ 34-1)
本田 透
講談社 ( 2008-06-13 )
ISBN: 9784062759243
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

なぜ恋愛は報われないのか。
恋愛はいつから純愛とそうでないものに分かれたのか。
なぜセックスだけでは満足できないのか。
恋愛やセックスが金と結びつくようになって、純愛は消えてしまった。
愛は死んだのだ。




モテと非モテ
人類はモテと非モテに分類される。
モテるヤツはとことんモテるし、もてないヤツはとことんモテない。
なんにでも当てはまる便利な80:20の法則で考えると、人類の80%はおそらくモテない。
では何によって人々は区別されるのでしょうか?

恋愛資本主義によって、人類は「ガンガン恋愛できる人間」と「まったく恋愛できない人間」に二極化し、モテと非モテの間に残酷なまでの格差が生まれてしまった。(P38)

モテと非モテというのは結局のところ顔だと思う。

女にとって、恋愛対象となる男と、そうではない男は、まったく別の生き物ですから! 残念!(P103)

男性・女性に関係なく、そうなんだと思う。
では、なぜ顔で、第一印象で判断してしまうのか?

「健全な精神は、イケメンに宿る」=「顔がイケている人間は、心も美しい」
キモメンの精神は、不健全である」=「顔がキモい人間は、心もキモい」(P64)

心は目には見えないので、少なくとも外見のいい方を選択するのは当然だと思う。
内面を知らなくても、外見で分かること(衛生的だとか几帳面だとか)は多い。


愛と金(幻想と実在)
恋愛とは何なのか。
相手に奉仕することだろうか?
ニーチェが「神は死んだ」と言ったころから、神の権威は失墜し、恋愛が新たな神となった。

キャバクラは宝くじ、彼女はリース、風俗はレンタル、結婚は長期ローン。(P222)

確かに、経済的に見ればそうかもしれない…。
恋愛と経済と結びつけるのは馬鹿げていると考えるかもしれないが、実際はもう切ることができないくらいに癒着してしまっている。

素人の彼女を作っても、ことあるごとに金をせびられて、モノを買うよう要求される。愛とは本来、金とは無関係な精神的なつながりだったはず。(P57)

愛が本来あるものとして定義されているが、愛なんて幻想だと思う。
お互いの勘違いの一形態を愛と呼んでいるにすぎないのだ。

素人童貞」という新たな差別概念が生まれたのだ。(P94)

どんな関係であれ、男女の関係を結んでいるのは、自己満足・エゴなのではないか?
セックスを愛情の有無で区別するのなら、そもそも愛が「勘違い」であるのだから男は全員『素人童貞』で、女は全員『素人処女』になってしまう(女性の場合、器質的条件が前提としてあるので『素人処女』なるものは不可能だが)。
そして、多くの人が気づいてしまったように、三次元の世界にはそもそも恋愛なるものは存在しなかった。愛は死んだのだ。
そのことに薄々感づいているからこそ、純愛ものがブームになった。
純愛ブームの次は、喪による革命、新しい生き方の提案です。


喪たちによる新しい生き方

「あなたにとって僕は男じゃないかもしれないけど、僕にとってあなたは女なんだ!」(P120)

この言葉を言って、壊れない関係の女性はそうそうないだろう。
喪は現実に相手にしてもらえないので、仮想現実に逃げることで自我を守ります。

「現実を直視しろ。おれ達にはもう仮想現実しかないんだ。」(P179)

こんなにアイロニーのある言葉はない。
そして、彼ら喪は新たな発見をする。

「男は女とセックスしなければならない」という過去数千年にわたる定理を、オタクは覆した。(P311)

カッコいい!

真に萌えを極めれば、道を歩いていても決して三次元のアナログ女に辿りつかなくなる。護身が完成するのだ。(P453)

恋愛感情がどこにもたどり着かないというのは、悲しすぎる。

現実の女はほとんど無価値となり、逆に「二次元キャラの代替物」という立場に陥る

この考え方はスゴイ! メイド喫茶なんてものは、その走りです。
未来では交際相手が生身の人間である必要はなくなるかもしれない。

この二十一世紀において、恋愛資本主義の無残な敗者として叩かれ差別されるオタクこそが正義であり最後の勝者である。(P10)

本書を象徴する言葉。
もちろん妄想へ逃げて、現実と戦ってすらいないのだから勝者でも、敗者でもない。
しかしながら、新しい生き方ではある。
この私的幻想共同幻想となるなら革命であり、無残にも既存の共同幻想に負けるのならそれは悲しい発狂となる。





総合評価★★★★

「萌え」というものが理解できずにいた。
その本質は、満たされないものへの想像による補填だった。
想像が現実を超えたときに「萌え」が完成する。
補填と補完とが違うように、その「萌え」によって完全に満たされることは、決してないのだろう。
それは、自己へのツッコミが絶えず「萌え」をひっくり返す危険をはらんでいるから。
綱渡りのような「萌え」がもたらす恋愛感とはなんなのか?


テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

コメント

ゆうきんと申します。

初コメですo(〃^▽^〃)o
なかなか興味津々です( ̄m ̄〃)
また覗きにきますね♪

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