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[書評] 何もそこまで ナンシー関  


何もそこまで (角川文庫)
ナンシー関
角川書店 ( 2001-01 )
ISBN: 9784041986066
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

文章にはさすがに読ませるだけの面白さがある。
意味はないが、面白い文章である。




ナンシー関がテレビから見た世界とはなんだったのか?
芸能人というからには芸が必要だ。
芸にも上手い下手がある。

上手いというのがそれぞれあるように、いろんな下手さがあると思う。(P14)

いろいろな下手さがある。直る下手さもあるし、直らない下手さもある。

この人はテレビだけを見ているのではない。
見てきたものは世間である。

電車のシートを占領して寝ているおじさんや、期待通りの傍若無人な振る舞いでのし歩くおばさんを見て、若者は「年を取る毎に何かを捨てていくのかしら」などと思ったりするものである。(P42)

年を取るごとに傍若無人に勘違いをしていく。
客観をなくすのか、年功序列を勘違いしてえらくなったと思うのか?

世の中に対しての提言も多い。

世の中、「一生懸命」とか「努力」に対して絶対的に好意的である。

プロセスよりも結果である。結果がプロセスを正当化する。
逆は絶対にない。

映像は時に虚像を見せる。意識的に作ることもあるし、偶発的に出来上がることもある。

身長160センチの男が劇中で大男を演じるのは可能だが、そこで本当に2メートルの大男と共演してしまったら160センチは劇中で大男ではいられなくなる。(P139)

絶対評価なんてものは存在しない、評価とは比較である。
比較するいじょう相対的な評価になる。

評価するときに使える指標も提供している。
それが、犬なのかヤンバルクイナなのかということだ。

犬なのかヤンバルクイナなのか考えてもいいと思う。犬には犬の生き方があるし。(P151)

この犬かヤンバルクイナなのかという比喩はとてもユニークであるが、的を射ている。




総合評価★★★

この人の文章に意味はない。
「だからなんだ?」といわれれば押し黙るしかない。
しかし、この人には伝えたいことがあった。それが、多くの人の共感を得た。
なぜならテレビを見ている多くの人が、ナンシー関の見た違和感を無意識的に共有していたからだ。


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